ゆづオンリーファンの皆さま、今日もブログに来ていただき、
ありがとうございます。
いつも素晴らしい文章でゆづの演技を見た感想を書いてくださる
太田龍子さんが新しい文章を書いてくださったことを今朝、メールにて
知りました。
既にほかの方がたがツイートをしておられたので、読まれた方も
いらっしゃることと思います。
太田さんの新しい文章はこちらです。
「Yuzuru Hanyu ICE STORY 2023“GIFT”」
Vol.2 溢れ出る言葉たち
noteより
3月の前半には「Yuzuru Hanyu ICE STORY 2023“GIFT”」
Vol.1 羽生結弦の神技スペシャリテ というタイトルで、
会場でGIFTをご覧になった感想をとても詳しく、そして正確に
書いてくださっていましたね。
太田さんらしい表現力でつづられた「GIFT」を読むと、あの日見た
映像が浮かんできました。
まだVol.1をご覧になっていない方は先にVol.1を読まれてから、
Vol.2をお読みになると一層、今回の「文章」が心に刻みこまれる
と思います。
「Yuzuru Hanyu ICE STORY 2023“GIFT”」 Vol.2
溢れ出る言葉たちでは、太田さんはGIFTを見ていると、
北京五輪を思い出すと書いておられました。
『約1年前の北京五輪がしきりに思い出されるのだ。
“GIFT”前半の最期で北京五輪のショートプログラムである
「序奏とロンド・カプリチオーソ」が試合さながらに演技
されたこともあるかもしれない。
サルコウジャンプでの躓きによってオリンピック3連覇を
遠ざける原因となった、その因縁の演目を羽生はこの大事な
大舞台で山場の一つとした。
失敗すれば“GIFT”の評価に傷がつくかもしれない大きなリスクと
引き換えに、東京ドームの真ん中に息詰まるような「見せ場」を
出現させたのだ。』
本当にそうでしたね。
競技用のリンク並みに大きなリンクで、2度の五輪チャンピオン
である日本代表の羽生結弦が紹介されるというシチュエーションは
北京五輪のSPを思わせてくれました。
そしてあの伝説のSP「序奏とロンド・カプリチオーソ」が披露
されると、私は2022年の2月にタイムスリップしたかのような
感覚になりました。
ただ、あれは北京五輪の再現ではありませんでした。
何故なら、GIFTの羽生結弦は北京五輪のSPの演技をはるかに上回る
素晴らしい演技だったからです。
北京五輪での口惜しさを晴らすかのような完璧で美しい演技は
見る者の心を捉えました。
『この山場の緊張感をいやがうえにも高めたのはその直前の
羽生のモノローグだ。
平昌以降の様々な理不尽によってもたらされた悔しさ、辛さ、
「癒えない傷」が語られたことによって観客は北京までの
道のりの険しさに思い至り、この場にリベンジを賭ける羽生に
心を同期させていった。
シンプルな言葉の連なりをたくみに響かせる作りすぎない語りが
心に沁みた。』
「GIFT」は単なるアイスショーではなく、羽生結弦の物語が、
羽生選手本人の言葉で語られるという今までにない企画でした。
演技だけでは語りつくすことができない「感情」を言葉を使って
表現してくれた、とても珍しい形のショーでした。
ゆえに、太田さんも今回、「言葉たち」に焦点を当てて文章を
書いてくださったのだと思います。
『自らを分析し、追及し、掘り下げる手段として晒すこと、
語ることをいとわない羽生。真実を伴うからこそ人の心を動かす
その言葉たち。
彼は曝け出すことの力を知る真性の表現者であって、もしかしたら
フィギュアスケートはその多岐にわたる表現のひとつに過ぎない
のかもしれない。』
というこの部分に私も深くうなづきました。
そして太田さんはこのように思ったのです。
『「羽生結弦の北京五輪」はショート、フリーからなる競技や
エキシビションに加え、敗北後になじみのインタビュアーに応えようと
して涙を抑えきれずに背を向けた姿や、エキシまでの間に練習リンクで
報道陣を前に滑った過去のプログラムたちまでを含めて、まるで1つの
ドラマのようだ。
その核にこの会見があってこそ、巧みに章立てされた物語のように
すべてが際立ってくる。“GIFT”を見返していて、しきりに北京五輪の
羽生が思い出されるのはこの「言葉」の重要性が共通するからかもしれない。
彼が見せたかったのは一刻のエンタテイメントに終わるものではなく、
記憶と心に、そして時代に刻み込まれるような強いメッセージ性を
持った羽生結弦そのものだ。
そのために魂の最奥から絞り出すようにして言葉を紡ぎ、書き連ねて
“GIFT”の芯に据えたのだと思う。』
私はいつも羽生結弦にはドラマがあると思っていましたし、時には
そうブログにも書いてきました。
羽生結弦選手がこれほど人々を魅了するのは、羽生結弦という人の
生き様をリアルタイムで見せてくれるからなのではないかと。
『王者」として輝いている部分だけでなく、氷の上で観客の
目の前で怪我を負ったときなどは、「悪い夢」を見ているかの
ようでした。
それでも立ち上がり試合に出続けたあの時は「羽生結弦こそ
悲劇のヒーローであり、彼を応援せずにはいられない」という
気持ちにさせるシナリオが用意されていたのかと思わせるくらい、
ドラマチックで衝撃的でした。
そこにビジュアル的にも美しいという条件が整ったわけですから、
これぞ現代のスポ根ドラマだと、当時もドキドキしたのを憶えています。
話がそれましたが、羽生結弦のドラマ性のある生き様を「GIFT」で
赤裸々に語られたことはとてもよかったし、多くの人に共感を与えた
のだと思います。
『贅沢すぎるほどのメンバーを結集させ、この日、この時、この
メンバーでなら、過去のあらゆるショウを超えるような何かを
作り上げられるかもしれないと信じさせ、力を尽くさせたのは
羽生結弦の天性の魅力であり、たいそう滑らかに動く聡明な頭脳や
肉体とは裏腹な不器用なほどに一途なハートであり言葉だったのでは
ないだろうか。』
この部分も太田さんの考察に全く共感ですね。(*´▽`*)
羽生結弦だからこそ、一流と言われる精鋭がこぞって集結したのです。
それは絶対に間違いありません。
音楽家も演出家も演者も、そして観客席にまで羽生結弦と
共演したり関わった方がたが観に来てくださいました。
つい最近では「ノッテステラ―タ」に体操競技の第一人者、
絶対王者の内村航平さんが出演されましたよね。
あの時も私は「羽生結弦だからこそこの偉大なるアスリートが
快諾したのだ」と思いました。
全ては羽生結弦だから成し遂げられたのです。
来てくださった方々はみんな、羽生結弦に魅せられたから
協力してくれたのです。
唯一無二の存在、それが羽生結弦なのです。
太田龍子さん、素晴らしい文章を駆け足でご紹介した無礼を
お許しください。_(_^_)_
そしてVol.1を丁寧にご紹介する機会を作れなかったこと、
大変申し訳ありませんでした。
どんなに多忙でも、ゆづの演技に関していつも鋭く、そして
とても正確に書き表してくださる太田さんに心から感謝しています。
私も見習って少しでもゆづのことを書く時間を増やしていけるよう、
努力していきたいと思います。
今、夜中の1時を過ぎました。
今日も職場からです。この後まだ片付けなくてはならない仕事が
あるのでこのくらいにしておきます。
予約投稿にしておくのでこのブログ記事が表示されるのは明日の朝に
なります。それではまた(^^♪
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