スポーツ界を揺るがした4大伝説、よかったです。 - 羽生結弦 成功への軌跡

スポーツ界を揺るがした4大伝説、よかったです。

昨日は、緊急特番
「今夜限定スポーツ界を揺るがした4大伝説」
を見てしまいました。(^-^;

https://youtu.be/LjpzoBAyVlI


TBS


もうすぐ、リオ五輪が開かれるからでしょう。

かつての「エース」といわれたアスリートたちの
光と影、ライバルとして争っていた彼ら、彼女たちの
明暗を、面白いといっては失礼ですが、とても興味深く
拝見しました。

1) 孤高の美人スイマー千葉すず 悲劇の引き際

今から約20年前の1992年バルセロナ五輪。

当時高校2年生だった千葉すずさんは、日本人には
手が届かないと思われていた自由形でメダルを
期待される若き大エースでした。

しかし、彼女はメダルに届かず、代わりに全くの
無名だった後輩の岩崎恭子が金メダルを獲得した。

4年後のアトランタ五輪では、
「勝負より楽しみたい」と、ある番組で発言したことで、
日本中からバッシングを受けることになりました。

その後、一度は競技から離れた彼女ですが、1999年に復帰。

日本新記録を樹立して完全復活したと思われました。

翌2000年。シドニー五輪代表選考を兼ねた
日本選手権でも優勝。

当然代表に選出されると思われたのですが、
日本水泳連盟は彼女を代表に選びませんでした。

しかし、この時、千葉すずさんは代表選考を巡って
水連を提訴。敗訴はしましたが、彼女が起こした波紋は
のちの水泳界に変革をもたらしたのでした。

水着の自由化や、五輪代表選出の明確な基準を
打ち出すことなど。

彼女の発言、存在は水泳界だけではなく、すべての
スポーツにも基準の明確化を推進することに寄与したのです。

あれほどスター扱いをされていた千葉すずさんですが、
この後ひっそりと引退しました。

今回のテレビでは、当時まったく無名だった
岩崎選手が金メダルを取ったことで、
妬み、嫉妬の気持ち」で苦しかったことを告白していました。

そんな嫉妬の感情を抑えて「おめでとう」という
言葉をかけたすずさんでしたが、ホテルでは一人で
泣いたとも・・。

金メダルを取ったものとメダルを獲れなかったものの
違いをまざまざと知らされた思いがしました。

伝説の元祖美女スイマー 千葉すず。

yuzuru1045.png

2) 女子マラソン代表争い「有森裕子×松野明美」

1992年。女子マラソン日本代表の最後の一枠を巡り、
日本中の注目を集めていた2人の選手がいました。

1991年世界陸上で4位の好成績を収めた有森裕子。

一方、1992年1月 大阪国際女子マラソン2位に
入った松野明美。

「私を選んでください。」代表選考発表前日、松野の
異例の会見に象徴される二人の代表争いは、スポーツ史に
残る事件だった。

これ以降、一度も言葉を交わすことのなかった
ライバル二人が再会することになった。

二人の心の中に去来するものとは…。


yuzuru1046.png

このお話も見ていて辛いものがありました。

特に松野さんに至っては、当時のことを思い出して
話しているときも、涙をぬぐっているんです。

当時のことを思うだけで泣くくらい、相当、
悔しかったんだな・・と思いました。

松野さんは当時はかわいらしくてアイドル的な
人気がある、超有名な選手でした。

それとは反対に有森選手は、全くの無名な選手で、
大した実績もそれまで出せていませんでした。

しかしあのQちゃんを育てた小出監督の戦略が
見事に功をそうし、有森さんはたった一度の
世界陸上の記録だけで、五輪の代表選手に選ばれたのです。

結果として有森選手は銀メダルの快挙を達成しました。

しかし・・
「私なら金メダルを獲れた…」

今でも松野さんは、自分だったら優勝できたと
思っているのです。

一見、松野さんだけがライバル意識をむき出しに
しているかのように見えますが、テレビでは当時の
有森さんの日記を紹介していました。

そこには「松野を倒してでも五輪に出る!」という
強いライバル意識が随所につづられていたのです。

あれから30数年、二人は一切顔を合わせていないのですが、
今回のテレビでそれぞれが「会うのが楽しみ」だと話して
いたのが印象的でした。

そして運命の再会の日、あった瞬間、あれほど
ライバル視していた2人は抱き合って涙を流すんです。

松野さんは有森さんと話すことで、
「自分だけがつらいと思っていたけど有森さんもまた、
辛かったんだ」ということを理解しました。

そして、有森さんからメダルを見せてもらい、
うらやましそうに、嬉しそうに笑っていたのが印象的でした。

こちらもご覧ください。


3)禁断の巨人エース争い「いつもお前が憎かった…」
江川卓×西本聖

1973年、作新学院のエースとして甲子園をわかし、
読売巨人軍に入団した怪物・江川卓。

その時、雑草・西本聖は巨人軍、入団五年目。

甲子園出場もなく、ドラフト外で入団した西本にとって
江川は、築き上げてきた地位を脅かす存在であった。

互いが投げる試合を見ながら、「打たれろ!負けろ!」
と心の中で叫び続けていたという江川と西本・・・。

今まで一度も腹を割って話をしたことのない二人が、
思い出の合宿地・伊東で再会を果たす。


もしかしたら今回の「再会劇」の中で、一番心に
残ったお話かもしれません。

球界を騒がせたエリート選手、江川卓投手。

それとは逆に、ドラフト外で入団し、実力で巨人の
エースにまで上り詰めた西本投手。

年もほぼ同じである二人は、宿命のライバルでした。

同じチームメイトでありながらも、そのライバル意識は
ものすごく、互いに相手が登板する時は
「負けろ、打たれろ」と思っていたのだそうです。(^-^;

お互いに一歩も譲らない。
どっちかが倒れるまで投球練習を続けるような、
そんな2人でした。

江川選手が確実だと思われていた年の沢村賞。

西本が受賞したときはさすがの江川もいらだちを
マスコミにぶつけました。

でも、そんな2人のライバル関係は、ある日あっけなく
終わりを迎えるのです。

江川の突然の引退発表をテレビで見た西本は、
「引退?ふざけるな」と思ったといいます。

入団したときも「入団?ふざけるな」と思った西本選手。

互いが引退してから、会ったことはなく、今回の
再会も互いが楽しみにしていたそうです。

そして運命の再会の日・・。

やはり二人は互いに手を取り、涙します。

最後に江川選手が、西本選手に向かって、
自分にとって唯一のライバルだった。認めていた」
話すと西本選手の目には涙が・・。

見ていて思ったのですが、入団当初からエースであり、
スターであった江川に対して、雑草である西本はきっと
コンプレックスがあったんだろうと思いました。

あいつにだけは負けたくない。

そんな思いだけで彼は江川といた9年間を必死で
闘ってきたのでしょう。

江川という存在、彼へのライバル心は自分を
成長・進化させるものだったのかもしれません。

だからこそ、憎たらしいはずの江川が身を引いたとき、
「ふざけんな」と思ったのでしょう。

『江川さんと過ごした9年間は、本当に僕を成長させて
くれましたね。僕は江川さんとレベルが違います。
「下」ですから、「下」のほうにいる僕にしてみると、
「抜きたい」っていうのが夢、目標でした。

本当の意味でライバルだったから、感謝の気持ちで
いっぱいですよ。

89年に中日に移籍すると、プロ野球での通算勝ち星だけは
絶対に江川さんを抜いてやろうって思い直してプレーを続けました。

当時を振り返ってみると、いつも「江川さんに勝つ」という
目標があったから、つらい練習も乗り越えることができた。

そして通算勝ち星でやっと、江川さんを超えたんです
(西本165勝。江川135勝)。

目標のない人は苦しいでしょう。

だからね、本当にもう、成長させてくれた江川さんには、
「ありがとうございます」って、ずっと感謝しています。』

死んでも「アイツ」に勝ちたかった 西本聖
 「エース」の座を争った江川卓との9年間

こちらの記事はあとでゆっくり読まれるといいと思います。

野球も水泳もマラソン(陸上)も、そして氷の上の
フィギュアスケートも、みんなスポーツです。

競技会や試合があるということは、勝つ人がいて
負ける人がいる、厳しい勝負の世界です。

五輪選考に漏れた人、行ったけどメダルを獲れなかった人。

金メダルを取った無名の若い選手に嫉妬で
狂いそうになったこと。

自分よりも格上のライバルに本気で立ち向かったひと。

エースといわれる立場のひとであっても、自分を
追いかけ追い越そうとする年下、格下のライバルの
突き上げに激しい闘争心を持ったこと。

そんな競技者たちの、心の葛藤や本音が語られていて、
見ていてとても感動しました。

勝負の世界はきれいごとなんかじゃない。

誰もが「自分が一番」でありたい。
強い相手を超えたい。

そう思っているのです。

あれから長い年月が経った今だからこそ、
お互いを良きライバル、良き友として見ることが
できるのかもしれないですね。

フィギュアではないけれど、心に残るいい番組でした。

おかげで昨日はブログを書く時間が無くなって
しまいましたが、観れてよかったと思いました。

ゆづも昌磨もハビも・・そしてほかのスケーターも。

競技者であれば、今回のアスリートたちと、
気持ちも立場もそう変わりはないでしょう。

それぞれが互いをライバルと認め、競い合い、
成長していくのでしょう。

ゆづはライバルが強ければ強いほど燃える人だから、
今季もおそらく、燃えるんじゃないかしら・・(^-^;

yudu2612.png

今季のゆづに、注目ですね。(^^)/

PS:皆さまへ。

色々とご心配をいただき、ありがとうございます。
私は大丈夫ですので、ご安心ください。

これからも一緒に羽生結弦選手を全力で応援していきましょう。

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2016-07-28 | Comment(4) | TrackBack(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
マリリン様、お世話になります顔1(うれしいカオ) 昨日は[おしゃれ泥棒]の映画を観ていました!主人が、その番組を観ていて、江川と西本の話をしていました。『沢村賞』の選考の時、品格の差で江川が落選! そこで、私「結弦君は品格があるから。dとは大違い」内輪話です。気にしないで? マリリンさんの話、全てリアルタイムで記憶 しています。歳がばれる熱!ー〃 番組事態は、拝見していませんが、スポーツ選手 本当に言葉で表現出来ない?トップに立てば立って…‥ 私は羽生選手の性格に 惚れ込みファンになりましたハート『性格は換えられない』と言っていましたよね!私も換わることなく、応援し続けますハート
Posted by ゆきえ at 2016.07.28 23:35
マリリンさん、こんばんは〜(^ω^)

千葉すずさんのところだけテレビで観ました。
芯が強く気も強くて驚いたんですが、とても素直な印象でも有りました。
結果を残せなくてパッシングされた時は、生放送のインタで『皆さんやってみたらいいじゃないですか!』と言ってみたり、楽しもう発言なんて村上佳菜子ちゃんや真央ちゃんも良く言ってましてよね!

そんな発言がパッシングされる世の中おかしいですよ。
内心は悔しかったり悲しかったりしてるに決まってるじゃないですか(>_<)

そー言えば羽生選手も去年の世選で二位だった時に3枠から2枠に減ったのを羽生選手の責任みたいに懸かれてませんでしっけ?
あの時、無良選手と小塚選手?が順位が良くなくて結果2枠になったんですよね、確か。

金メダル以外マイナス報道されがちですよね。
しかしU選手は少し結果を出すと派手に騒ぐ、結果悪い時は静まりかえり何も無かったようにする。試合前迄は超大袈裟に羽生超えだの煽っておきながらですよ!

水泳連盟も酷いですね。
『連盟』とつくものは結局は選手の成績だけでは出さないんですね。
選手の気持ちより利害関係が有るんでしょうね。。。

羽生選手ほど世界でも大活躍のトップアスリートになると、さすがに潰せないでしょうし、ここまでなると意見も通りそうですから大丈夫な気もしますが!

でも上手で何であれ皆さん頑張ってるのは間違いないですから結果を正しく評価してもらいたいですね(°∀°)
Posted by ようにゃん at 2016.07.29 00:03
ゆきえさん(*^-^*)
お返事が遅くなりましてすみません。

>主人が、その番組を観ていて、江川と西本の話をしていました。
>『沢村賞』の選考の時、品格の差で江川が落選!

そうなんですよ(´・ω・`)
そんな選考基準がいつの間にか加えられてしまったようですね。
江川さん、あの入団の仕方は賛否両論おきましたもんね。
私もリアルタイムで記憶してます(´艸`*)

もう年齢はばれていますけど。

当時は「えがわる」なんて言葉もできたほど、
社会現象になりましたね。

>スポーツ選手 本当に言葉で表現出来ない?

大変でしょうね・・・ライバルとの闘い、自分との闘い。

これからも何があってもゆづを応援していきましょうね。
Posted by マリリン at 2016.07.29 22:54
ようにゃんさん(*^-^*)
お返事が遅くなりましてすみませんでした。

千葉すずさん、確かに当時の態度を見ると生意気・・って
思われてしまうけど、今思うとあの苛立ち・・わかる気がしますね。

アスリートに聞く質問がいつも「好きな食べ物は何ですか」とか、
およそ競技とはあまり関係のないことを聴くことに私もいつも
疑問やいら立ちを感じていました。

ゆづも「食べることにあまり興味がない」って言っているのにです。
日本のマスコミはもっと質問を考えて欲しいと思いました。

せっかく五輪選考にふさわしい記録を出しても、人の好みで
選考から外れてしまったのは残念でしたね。気の毒でした。

それにようにゃんさんが言っているように、
『楽しんで来ようと思う』ことの何がいけないのでしょう?
元々参加することに意義があるスポーツの祭典なのに。

メダルメダルと・・メダルを取るためだけに参加しなくては
いけないなんてね。

今回のテレビはとてもよかったです。
4つ目の話は、すでにおなくなりになった広島カープの
投手と原辰徳さんのことでした。

命を削って投げた投球が最後の投球になったこと・・
スポーツにはいつもドラマがありますね。
Posted by マリリン at 2016.07.29 23:05
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